森七菜ちゃんに殴られて考察

バイトを終えた夜、行き慣れた帰路をチャリでなぞってゆく。片耳イヤフォンから流れてくる、森七菜ちゃんが歌う“スマイル”が突き刺さる。
99年生まれの私は知らなかったが、スマイルはもともとホフディランが1996年にリリースした曲だそうだ。しかし、私がボコボコになったのは、少女の歌声に乗って届いたからに違いないということを書く。

 

いつでもスマイルしようね
とんでもないことが起きてもさぁ
可愛くスマイルしててね
なんでも無い顔して出かけりゃいいのさ


不幸ではないが、一つひとつのアンラッキーが重い。そういう人生。
いじめを受けたり、父を亡くしたり、大学受験は失敗したし、19のとき付き合っていたモラハラ彼氏には洗脳されかけた。
それでも私は可愛くスマイル。大丈夫、なんでも無い顔して出かければいいのだ。

 

いつでもスマイルしててね
深刻ぶった女はキレイじゃないから
すぐスマイルするべきだ
子供じゃないならね


少女は“女性”を意識するようになる。

他に示されてか、自分の内になにか芽生えたのかは定かではないが、自分が少女から女性になるということを自覚し始める瞬間って、私にもあったなぁと、21の私はちょっぴり懐かしく思った。

 

いつでもスマイルしててね
完璧なんかでいられる訳がないだろう
すぐスマイルするべきだ
子供じゃないならね


少女は女性に呑まれそうになっている。
無責任で自由で情けなくて、それでもそんなすべてがゆるされていた、少女が一気に乖離していく感覚。女性になるということは、それらの権利を失うこととイコールなのだろうか。身体じゅうの血管に涙が流れ、かわいく死ぬことだけを考えていた私は、たしかに私だったのに。


制服を脱いだら、年齢を重ねたら失われてしまうなんて、そういうすべてを制服や年齢が持っていたことになりやしないか。あの思考や感情は、笑えなかったり無理やり笑ったりした時間は、たしかに私そのものだったのに。

 

もうすぐだね あと少しだね
その時の笑顔がすべてをチャラにするさ
もうすぐだね 長かったね
早くスマイルの彼女をみせたい


キミが見せたい彼女ってだれなんだ。彼女ってだれだ、キミはどこへ行ったんだ。

 

かわいくスマイルしててね
人間なんかそれほどキレイじゃないから


可愛いがかわいいになる、それはすなわち自愛が他愛にすり替わったことを示している。自分のために笑っていた少女は、だれかのために笑う女性になった。
人間なんかそれほどキレイじゃない、そうかもしれない。21歳の私はもう子どもじゃない、そうだろう。
しかし、私が私で・キミがキミで在ることは、いくつになろうが変わらない。というより変わってはいけないのだ。

 

少女よ、キミは少女や女性である前に、キミである。

 

とんでもないことが起きても、自分のために笑い飛ばせよ。深刻ぶった女はキレイじゃないかもしれないが、こぼれてしまった涙は綺麗だ。

完璧でいられるわけがない、人間なんかそれほどキレイじゃない。たしかにみんなそうだよ。


でも、少女が自分から乖離していこうが、それにあこがれていればいいじゃないか。すべての女性はかつて少女だった。だから、心に包含したまま生きていくことだってできる。

少女よ。キミがキミのために笑い飛ばした、そのときの気持ちと共に女性になることだってできるんだよ。なんて。

 

 


いくつもの白光が私を追い越してゆく。すこし先の空に背の高いコンビニの看板が見える。無意味に点滅する信号と暗い月。私はそれらすべてを、平然と無視しながら走っている。

 

 

♪ 森七菜/スマイル

www.youtube.com